軍これ改 Vol.1『航空母艦 グラーフ・ツェッペリン』

初めましての方は初めまして。サーバ内でお会いしたならこんにちは、ぬどんげです。
今回から始まりましたこの『軍これ改』では、現在Vol.1が公開されている『軍これ』シリーズと並行して、”海外兵器”にスポットライトを当て、陸海空の兵器を紹介していこうかと思います。ということで、Vol.1で紹介するのは、ドイツ海軍にて未完成のままその生涯に幕を閉じた幻の航空母艦、『グラーフ・ツェッペリン』です。

Vol.1 -航空母艦 グラーフ・ツェッペリン-

  • ドイチェヴェルケ グラーフ・ツェッペリン級航空母艦 グラーフ・ツェッペリン

グラーフ・ツェッペリン(ドイツ語:Graf Zeppelin,グラーフ・ツェペリーン)はグラーフ・ツェッペリン級航空母艦の1番艦で、本艦級は同じく未完成に終わった2番艦『ペーター・シュトラッサー』を含めた2隻で構成されています。本艦の艦名の由来は同ドイツ帝国にて金属製の飛行船、”硬式飛行船”を実現させた「フェルディナント・フォン・ツェッペリン」伯爵であり、彼の設計した飛行船『グラーフ・ツェッペリン』及び本艦の艦名にある”グラーフ”とはドイツ語で”伯爵”を意味します。本艦は英独海軍協定の締結後、ドイツ軍の軍備計画のうちのZ計画の一環としてエーリヒ・レーダー海軍元帥により建造計画が示されました。しかしながら、エーリヒ・レーダー提督本人は航空母艦にはあまり興味がなく、もっぱらビスマルク級戦艦やアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦等の砲戦向けの艦艇に強い興味を持っていたと言われています。本艦は日本を最後とした枢軸国の降伏による第二次世界大戦の終戦後、完成度90%にまで到達していたところを、艦載機パイロットの養成もされることのないままソビエト連邦海軍へ引き渡され、洋上基地『PB-101』となり、最終的に駆逐艦、魚雷艇の演習のための標的艦となって撃沈され、1947年8月17日、その儚い生涯に幕を閉じました。その59年後、2006年7月にポーランドの石油資源探索会社がバルト海に本艦が沈んでいるところを発見しました。

本艦は第二次世界大戦時の航空母艦としては珍しい、艦上機用のカタパルトを搭載していた艦艇でもありました。

↑ Bf109Tを装着したカタパルト

また、本艦は砲撃向けの艦艇には劣るも、諸外国の航空母艦と比較して圧倒的な砲火力を備えていました。

↑ 上部構造物の前後に3基6門ずつ備えられた10.5cm連装高角砲。この他にも15cm連装砲架等が搭載されていたと言われている。

本艦側面には「バルティックスキーム」と呼ばれる模様が描かれていました。

↑ 筆者のグラーフ・ツェッペリンには両舷5本ずつラインを引いてある。なお、これは「迷彩」や「航空識別模様」等であるとの解釈がなされている。

諸元

排水量:33,550トン
全長:262.5m
最大幅:31.5m
吃水:7.6m
主機:ギヤードタービン2基4軸、200,000hp
最大速力:35 kt
航続距離:19ノット(時速35.1km)/8,000海里
乗員:1,720 名、内パイロット306名
兵装:15cm(55口径)連装砲8基、
10.5cm(65口径)連装高角砲6基、
37mm連装機関砲11基、
20mm機銃28丁
装甲舷側:100mm,甲板:60mm
Wikipedia グラーフ・ツェッペリン (空母)

次回予告

いかがでしたでしょうか。今回は『航空母艦 グラーフ・ツェッペリン』を紹介しました。さて、今回から始まったこの「軍これ改」、ご覧いただきありがとうございました。次回の「軍これ改」では、アメリカ海軍が生み出した、1番艦含め姉妹艦数175隻のあの傑作駆逐艦です。では、また次回の「軍これ改」でお会いしましょう。