航これ Part.3『アメリカ海軍』

初めましての方は初めまして。サーバ内でお会いしたならこんにちは、ぬどんげです。
前回の航これでは『自衛隊』の航空機を紹介しました。
そしてPart.3は、前回に次回予告をしました通り『アメリカ海軍』の航空機を紹介します。

Part.3 -アメリカ海軍-

  • グラマン F6F ヘルキャット

米グラマン社が開発した第二次世界大戦中盤より運用されていた戦闘機。当時のアメリカ海軍における実の主力戦闘機はF4U コルセアでしたが、開発時期の遅い本機が主力となりました。本機は同社の開発したF4F ワイルドキャットの後継機であり、本機は胴体はF4Fと同じながら、高翼から低翼になりました。軽快な運動性や高い防弾性から日本の零式艦上戦闘機と互角以上に格闘することが可能でした。

  • グラマン TBF アヴェンジャー

米グラマン社が開発した雷撃機。海上自衛隊でも運用された機体。愛称のアヴェンジャーには「復讐者」などの意味があり、アベンジャーと表記することもあります。総生産機数9,839機であり、当時のアメリカ海軍の主力雷撃機として大いに活躍しました。航空母艦への格納のために翼折り構造を最初に採用した航空機でもあります。

  • ダグラス SBD ドーントレス

米ダグラス社が開発した急降下爆撃機。アメリカ陸軍、アメリカ海兵隊でも採用された機体。ミッドウェー海戦でも大きな戦果を示した優良な艦上爆撃機で、イギリス海軍にも一部導入されました。陸軍向けにはA-24 バンシーとして生産・運用され、空軍独立時にはF-24と改称し、戦闘機となりました。終戦間際には新鋭機AD スカイレイダーの登場によって姿を消しましたが、太平洋戦争中は現役のままでした。

  • ノースアメリカン P-51 マスタング

米ノースアメリカン社で開発された戦闘機。イギリス空軍でも運用されていた機体。アメリカ海軍採用の戦闘機、F8F ベアキャットと並んで第二次世界大戦最優秀戦闘機と評されました。初飛行の1940年からドミニカ共和国空軍での運用が終了した1984年まで、実に44年間もの間活躍しました。本機は陸上機であり、アメリカ海軍での運用は行われなかった機体です。

  • ノースアメリカン F-82 ツインマスタング

米ノースアメリカン社で開発された上記の派生型戦闘機。アメリカ空軍でのみ運用。数ある戦闘機の中でも珍しい双胴型戦闘機であり、パイロットの負担の軽減のために双胴型になりました。朝鮮戦争でも活躍し、夜間や悪天候に対応できないジェット機に代わって用いられました。現在は全機が退役しており、その一部は博物館に展示されています。

  • ベル P-59 エアラコメット

米ベル社が開発した双発単座ジェット戦闘機。アメリカ海軍ではYF2Lとして渡されるも採用されず。アメリカ陸軍航空軍で性能が低いことから試験機として用いられた戦闘機です。研究用として技術協力を受けたイギリス空軍へも提供されましたが、高い評価を受けることはできませんでした。形は大戦期の一般的なジェット機であり、高くない性能ながらジェット戦闘機の基本的レイアウトの原点となりました。

  • N・グラマン F-14 トムキャット

米ノースロップ・グラマン社が開発した戦闘機。画像は現在は解隊された第84戦闘飛行隊の機体。ベトナム戦争や湾岸戦争で活躍し、現在はイラン空軍でのみ運用されている艦上戦闘機です。航空母艦からのカタパルトを用いた発艦試験を行った初の機体でもあります。総生産数は712機であり、アメリカ海軍の主力戦闘機の1つとして大いに戦果を示しました。

  • コンソリデーテッド PBY カタリナ

米コンソリデーテッド社が開発した飛行艇。連合国各国で対潜哨戒、海難救助などで活躍した機体。1936年からアメリカ海軍で運用が始められ、1979年には軍用機としての役目を終えましたが、消防機として現在も運用されています。日本の二式飛行艇とアメリカのPBY カタリナを比較した日辻常雄少佐は乗員への配慮の差を感じたとのこと。海上自衛隊でも運用され、今日に至るまで長きの間活躍している飛行艇であり、こちらも非常に優良な機体です。

  • ボーイング B-29 スーパーフォートレス

米ボーイング社が開発した大型戦略爆撃機。広島・長崎に原子爆弾を投下した機体。広島に原爆を投下したエノラ・ゲイと長崎に原爆を投下したボックスカーがこの機体です。中型爆撃機から派生したB-17とは異なり、戦略爆撃のために用意された陸上爆撃機です。ソビエト連邦に墜落した機体をソ連ツポレフ社がTu-4としてコピーしたこともありました。

  • 三菱 A6M2b 零式艦上戦闘機21型(アクタン・ゼロ)

三菱重工業が開発した戦闘機。画像はアリューシャン列島、アクタン島に墜落し、鹵獲された零式艦戦21型。第二次世界大戦中、日米両国は敵国の戦闘機を入手し、研究しようとしていたところで鹵獲された零戦です。アメリカ海軍からは「アメリカにとってもっとも価値あるといってもよい鹵獲物」と言われ、修理・研究されました。このアクタン・ゼロは1945年に行われた訓練の途中で事故を起こし、失われました。その破片はいくつかの博物館に保管されています。

締めと次回予告

いかがでしたでしょうか。改めまして、今回は『アメリカ海軍』の航空機を紹介しました。一部は陸軍での採用機であったりしましたが、目につく優秀な機体でしたので紹介しました。今回紹介した航空機のうち、F6F-3についてはまだ派生型がありますのでよろしければ見に来ててくださいね。アメリカ海軍の航空機はあまり制作していませんが、これからまた何か制作機が溜まれば紹介しようと思います。

さて、次回の「航これ」では、『ソビエト連邦空軍』の航空機を紹介していこうと思います。
では、また次回の「航これ」でお会いしましょう。